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(a) 情報的世界の二重性, 二 歴史的世界の存在構造, III 歴史的世界の物象化論

2010/07/24 13:17 に 2010 seibunsite が投稿   [ 2010/07/24 13:18 に junichiro inutsuka さんが更新しました ]

情報的世界

情報によって伝達される世界は、眼前に開けている“現実”の世界と殆んど同様に、私どもの意識、いな、心理・生理的な機構に直接的な影響を及ぼし、しかるべき反応を誘発します。この限りで、情報的世界はいわゆる“物的な世界”と同様な実在性を持つということができます。

私どもに如実に開けている世界、すなわち、私どもの“心理的・生理的な”営みに直接的な規定的影響を及ぼしているところの、そして私どもがそれに対して対象的・実践的に関わっているところの世界は、或る意味では、殆んどもっぱら情報化された世界である、・・・“なま”の世界はむしろほんの一部にすぎない、と申しても過言でないように思われます。   p219

情報的世界が現に与えられるとはいえ、それは受信者にレアールな形象として与えられるわけではないのであります。受信者にレアールに与えられるのは“記号”だけであって、情報内容は、いわばイレアールな仕方で、イレアールな形象として与えられるに過ぎません。

記号

商品世界ないしは貨幣との類比は、これにとどまりません。主体の側面についても類比がみられます。受信者は伝達者といわば同じ眼で対象的予見を見ることを先に申しましたが、このようなことが可能なのは、つまり、受信者が記号を“理解”できるのは、伝達者と受信者とが当該記号体系(ラング)の「ラング主体」ともいうべきものにっていること、そして“記号”がマルクス価値論の言葉を転用すれば、一般的言語活動の「凝結体」ともいうべきものを体現していること、このことによってであります。抽象的一般的労働の主体ではありませんが、商品世界における人間と類比的に、いわば抽象的一般的記号活動の主体として、受信者がこのような「者」としてある限りにおいてのみ、はじめて情報的世界が存立するわけであります。

情報的世界は、レアールな記号形象がイレアールな情報内容としてgeltenすること、しかも、レアールな受信者がイレアールなラングの主体としてある限りにおいてのみ現与のものとして拓けるという二重の二肢性、つまり四肢的な構造連関において存在すること、私どもはとりあえずこれを銘記できるかと思います。   p222

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