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16.代名詞の性質

2010/07/24 12:48 に 2010 seibunsite が投稿   [ 2010/07/24 12:50 に junichiro inutsuka さんが更新しました ]

代名詞の問題は、ことばlangageの問題であると同時に言語langueの問題であること、いなむしろそれがまずことばの問題であるからこそ、はじめて言語の問題でもあるのだ・・・代名詞はことばの記号である・・・人称代名詞をわたし、あなた、かれという三つの用語を含むものとする通常の定義そのものが、まさに人称の概念を破壊していることを知らねばならない。人称はただわたし/あなたにのみ固有のものであって、かれの中にはかけているのである。   p234

わたしの分析

長大な言語のテキスト-たとえば科学論文-で、わたしもあなたもただの一度も現れないものを想像することは可能である。だが反対に、短い話されたテキストで、この二つが用いられていないものを考えることは困難であろう。・・・わたしは、それが含まれている話の現存によって、かつただそれのみによって同定されうるものである・・・   p235

並行的に、わたしはまたわたしという形の現存としてもとらえられねばならない。わたしという形は、それが発せられる言行為のなかでなければ、いかなる言語としての存在ももってはいないのである。したがってこの過程には、現存が二重に結び合わされているわけである:すなわち、指向する者としてのわたしの現存と、指向される者としてのわたしを含む話の現存である。   p236

此処、今、私 話し手への指向

これceは、いまの話の現存と同時になされる顕示によって示される対象ということになるのであって、その形の中にある陰伏的な指向(たとえばisteに対立するhic)がそれをわたしに、またはあなたに連合させるのである。・・・すなわち、ここいまは、わたしを含むいまの話の現存と共外延的・同時的な空間的・時間的現存の境界を画定する。   p236

話し手sujet parlantへの指向は、いままであまりにも軽々しく、また自明視してとり扱われてきた。・・・根源的であると同時に基本的な事実は、これらの代名詞的な形が現実にも、空間や時間のなかの客観的な位置にも関係するのではなく、これらを含む、そのたびごとに一回きりのものである言表行為に関係していて,そしてそれによって、その固有の用法を反映することなのである。・・・その問題というのは、主体間のintersubjectif伝達の問題にほかならないのである。ことばはこの問題を、現実に関しては非指向的な虚記号の集合をつくり出すことによって解決した。これらの記号は、つねに待機の状態にあって、話し手locuteurによってその話のおのおのの現存のなかに導入されるやただちに実となるのである。これらの記号は、実質的な指向が欠けているために誤用されることがありえず、なにごとも断定asserterせぬゆえに真理の条件に従わず、いかなる否認を受けることもない。その役割は、一つの切り換え-これをことばの話への切り換えとよんでよい-の道具を提供することにある。わたしを口に出す唯一の人物として自己を同定することによって、おのおのの話し手は、かわるがわるみずからを主辞の位置に置くのである。したがって、その使用には話の状況が条件なのであって、しかもそれ以外には何の条件もない。・・・それゆえ、この記号は言葉の行使exerciceに結び付けられているわけであって、話し手を話してとして宣言するものなのである。   p238

三人称

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